前回、セロハンテープを使って感覚麻痺を疑似体験してみると、触圧覚が立位や歩行に大きく影響を及ぼしていることが分かる、というごく簡単なワークをご紹介しました。
ですが、これは末梢神経系の麻痺を擬似的に再現したものにすぎず、より治療が難しい中枢系の麻痺には応用できないのではないか?という質問をいただきました。
学生さんなど、「中枢麻痺の方の歩行を再現してごらん」というと、見かけの関節角度だけを再現してしまい「それは単なる廃用性拘縮とどう違うの?」と聞いても答えられない…というバイザーの先生の苦労話は私もよく聞きます。
中枢麻痺は理解不能??
現在の教育カリキュラムでは正確な知識を身につけることを最優先するため「なぜ、そうなるか?」という根本を教わる機会が少なくなっています。そのため
- 中枢系は難しい
- 中枢系は感覚的な理解ができない
- そもそも、単なる拘縮と中枢麻痺の違いが分からないからROMしかできない…
などということも起こってしまいます。
ですが、学校で習うような旧式のROMやMMTは脳卒中やパーキンソン病などの中枢系疾患の方に行うのは大変危険です。効果がないだけならまだしも麻痺を悪化させ二次障害を引き起こしてしまいます。
中枢系のリハビリテーションを理解する第一歩として、中枢麻痺とは何か?をごくごく簡単に、知識より前にまず『体感』することが必要です。
中枢麻痺が疑似体験できる理論
まず、運動制御のシンプルな模式図を書きました。
目や耳、筋紡錘といった感覚器からの入力系からの情報を脳が分析し、筋へ指令を出すことで運動が起こります。運動制御は本当はもっとずっと複雑ですが、まずはこのような理解で話を進めます。
末梢障害の場合
末梢の運動障害の場合、運動出力系のみが動かなくなります。
(現実には末梢神経損傷で運動出力系のみが動かなくなることはまずありませんが、ここでは単純化して考えています)
この状態を疑似体験するには、筋出力を十分発揮できない状態、つまり手足に錘をつけるなどすれば可能です。
中枢障害の場合
そして中枢障害の場合は情報を分析する脳が損傷するので、感覚器からの正しい入力があっても脳が正しく理解できず、運動の指示が出せなくなります。
脳は完全に無意識に働いていますから、健康な人が脳の働きを抑制することは不可能です。よって、中枢麻痺を完全に再現することはできません。
これが中枢系が難しいとされる根本の理由です。
ですが、脳が損傷した状態は再現できなくても、脳が正常に働けない状態は再現可能です。
感覚障害の場合
これは末梢の感覚障害の模式図です。
末梢からの感覚入力が異常だと、脳は正しい情報が受取れず正しい判断ができません。
これは非常に大雑把ではありますが、脳が正常に働けない状態、つまり中枢系麻痺を擬似的に再現した状態です。
バランスを崩したときや、重いものを持つときなど、普段意識しないと気づかないかもしれませんが、私たちは知らず知らずのうちに共同運動パターンのような動作をしています。この体験に気づくことが中枢系理解の第一歩です。
以前書いた、セロハンテープを手に貼って巧緻動作を行うワークをもう一度改めてやってみてください。
おそらく、セロハンテープを貼っての巧緻動作では、肘が屈曲し肩が外転するウェルニッケ様パターンで動作をしていたはずです。
マンウェルニッケも外転歩行も、肘が曲がっていること、手指が伸びないこと、下肢が外転すること、それ自体が問題なのではありません。
脳が正常に情報を分析できず、合理的な抗重力戦略を取れないことが問題です。
つまり、いくら肘や足を伸ばそうとしても根本の原因を把握していないと関節を痛め拘縮を強めるだけです。
中枢系のリハビリを考えるときには、重力と重心、剛体力学という視点で考えるようにしてください。
1月の無料セミナーと、3月の中枢系セミナーでは、ここでご紹介したものだけでなく、様々な体感から重力について考えていきます。