進化から考えるリハビリテーション 脊柱の起源とカップリングモーション
リハビリは医学の一分野なので、人間の病気について考えるところから出発しています。ですが、すでに病気になった人間について考えるには「ヒトにとって健康とは?」「ヒトにとって合理的な運動とは?」という点を考える必要があります。
たとえば、ヒトの関節の運動については大学ではROM程度しか教わりません。ROMは「肩屈曲」など非常に大雑把な指標で、肩甲上腕関節がどう動いたか?胸鎖関節は?肩鎖関節は?脊柱は?骨盤は?といった具体的な「めざすべきゴール」についてはあいまいです。
カパンジー機能解剖学より
肩は肩関節といった単純な考え方を脱却し、この図のような全身運動をしっかりとらえ、臨床で応用できるようになる必要があります。
この図では脊柱に関しては一本の矢印のみで簡単に表現してありますが、実際はもっとずっと複雑です。それら「肩→肩甲骨→脊椎一つ一つ→骨盤や頭蓋…」といった全身運動を詳細に解説した参考書は私の知る限りありません。おそらく紙の教科書では平面的な表現しかできないため記載が難しいのだと思います。これらを理解するためには3Dデータから考える必要があります。
これら各関節や筋肉の作用や立体的な運動方向について立体的に学ぶのが一番必要ですし、このブログや講習会でもしっかりお伝えしている部分ですが、今回は少し視点を変えて、進化から機能を考えてみようと思います。
古代の脊柱
ヒトの場合、脊柱はただ体幹を支えるだけの骨というイメージが強いです。そのため、リハビリでも上下肢の運動さえできれば体幹は後回しにされてしまうこともあります。
ですが、セキツイ動物は脊柱が動かないと上下肢は動かないようにデザインされています。肩が動かないなら肩だけ、膝が動かないなら膝だけなど動かない部分だけにとらわれて体幹の評価治療をしないのは浅慮と言わざるを得ません。
このことは様々な理論や手技で言われていることですが、今回は医学という枠組みをいったん離れ、『脊柱の進化』という観点から解説していきたいと思います。
脊柱の高い運動能力
もともと生物の起源は単細胞生物です。原始的な単細胞生物は移動能力を持たず、海の中を漂っているだけでした。それが約5億年前のカンブリア紀に様々な移動能力を模索しはじめました。その時代には体表に生えた柔毛を動かすタイプ、体液の粘性を変えて回転するタイプなど、ユニークな方法で移動する生物が無数に生きていました。
弱肉強食の世界で最も移動能力の高い生物が生き残り、他は淘汰されてゆきました。
そこで生き残ったのが脊椎動物の祖先である脊索動物です。
余談ですが、脊索動物には頭からしっぽまで脊索のある「頭索動物」と、しっぽのみに脊索のある「尾索動物」の二種類がいます。以前は「尾索動物」が先にできあがり、だんだんと脊索が頭側に伸びて「頭索動物」になったと言われていました。つまり、背骨の起源はオタマジャクシのしっぽである、と、私も生物の授業で習った覚えがあります
ですが2008年に遺伝子解析により、頭索動物のほうが起源が古いということが分かりました。これは新聞にも大々的にとりあげられて感動したのを覚えています。
脊索を持った生物はやがてより強固な脊椎を持つ脊椎動物に進化します。ウナギのような生物です。
脊索・脊椎を持つ生物は非常に運動能力が高く、他の生物との生存競争に打ち勝ち何万年も海底と地上で繁栄*1しています。約2万年前に反映した恐竜、現在も反映している爬虫類、両生類、鳥類、哺乳類と、大型の生物はほぼすべて脊椎動物です。動物園や水族館にいるのもほとんど100%脊椎動物ですね。
この脊椎の運動能力をヒレに伝えることで、魚類はさらなる進化を遂げました。
このヒレが進化したのが人間の上下肢です。
人間の感覚では、上下肢がメインで動き体幹や脊椎の運動はオマケのように感じてしまいますが、本来の上下肢は体幹の動きを増幅させるための構造物にすぎません。
人間の上下肢は多くの機能を備えていますが、
体幹→上下肢
という運動の発生順序は変わりないので、体幹が動かないと上下肢も動かなくなります。逆に、上下肢に何らかの問題がある場合には体幹の治療が絶対に必要です。
そう考えると、カパンジーの図解がいかに大雑把かが理解できると思います。
運動初期にはまるで、肩関節運動初期には体幹運動が必要ないように見えます。
運動中期から後期にかけても、肩が動いたから体幹に引き寄せられるという
肩→体幹
というように見えます。
この図を信じてしまうと、肩の可動域制限や麻痺などの場合には肩甲上腕関節と肩甲骨の可動性、そして脊柱の伸展だけを考えればいいような気がしてしまいます。
ですが実際には、脊柱がまず動き始めた結果として上下肢が動きます。
上下肢の異常は体幹の異常から発生しているため、上下肢の痛み、怪我、麻痺などは常に体幹から治療する必要があります。このことはあまりに軽視されすぎているため、体幹の治療法がほとんど研究されていないのが現状です。円背の治療すら筋トレと伸展運動などと言われてしまっています。
長くなってしまったので、体幹の運動についてはまた次回解説したいと思います。
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*1:単純な個体数でいえば昆虫や菌類が圧倒的に多いですが、ここでは各個体の大きさ、移動能力で考えています。